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日本百名城めぐり その2

6月3日の山形東根市サクランボマラソンに参加したついでにお城見物です。

前日2日は山形城へ

現在山形城跡は「霞城公園」として整備されている。
斯波氏の居城を最上義光が拡張し、その後鳥居忠政が入ってさらに改修した。
土塁と水堀で守りを固めた城であり天守は築かれていない。

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二の丸大手門を内側から眺めた景色。
出羽の関ヶ原合戦で城郭が霞で隠れたことから「霞ケ城」とも呼ばれていた。

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2階部分は通り抜けで見学できます。
お昼過ぎた時間でおなかがグー~…
案内の人に近所のおいしいお蕎麦屋さんを教えてもらったが…
見学後行ったらお昼の時間は終わり閉まっていた。

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復元された本丸一文字門
右折して櫓門を通り本丸へと向かう。
本丸はまだ復元中でした。

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公園の一角にある「山形市郷土館」に立ち寄る。
旧済生館本館です。

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明治初期の建物は優雅で雰囲気がいいですねえ。
展示物も充実しており見応えありました。

3日のマラソン大会は無事完走

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温泉で汗を流し、翌日のお城見学のため「道の駅 安達」へ移動。
マラソンの心地よい疲れでぐっすり眠ってしまった。
さわやかな朝!
まずは二本松城へ

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現在は市民憩いの場となっている「霞ケ城公園。
室町時代は畠山氏の居城のちの会津領時代には蒲生氏、加藤氏により石垣で築城。
天守台は作られたが天守閣はできなかった。
きれいな石垣が見どころである。

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二本松少年隊群像
戊辰戦争における少年隊の奮戦姿と我が子の出陣服を仕立てる母の姿。
戦争っていつの時代でも悲しいですねえ。
北朝鮮とアメリカが歴史的な会談を行い、少し世界の平和に希望が持てるかも。
いつまでも平和が続きますように。

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てっぺんの本丸跡まで歩きます。
中々歩きがいがあるが、途中るり池、洗心亭、搦手門、智恵子抄詩碑などを見ながら歩けば楽しい。
中でも「霞ケ城の傘マツ」の枝ぶりは見事だった。

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本丸跡が近づくと石垣がきれいです。
ぐるっと一周して本丸跡へ。
天守台はあるが天守閣は確認できていないらしい。

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安達太良山方面の山がばっちり見えます。
二本松城落城時共に自尽(割腹)した、丹羽和左衛門と安部井又之丞の碑が建っています。


次は白河へ移動し「小峰城」です。
白河の領主結城親朝が築城されたとされており、以後会津藩、白河藩と変遷。
江戸時代に初代の白河藩主丹羽長重が築いた総石垣の城です。

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その後、戊辰戦争で多くの建物が焼失したが、平成3年以降三重櫓、前御門が木造で復元された

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復元された三重櫓
三重櫓は天守と同様の格式を持つ。
江戸時代初期幕府は城郭の新規築造や増改築を禁止。
それ以後に造られた三重屋根の櫓が三重櫓と称され天守の代わりとして城郭の象徴となった。

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三重櫓の内部は急な階段で登ることができる。
途中、戊辰戦争の際、実際に打ち込まれた鉄砲玉の跡が数か所残っており見ることができる。

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最後に、城の北側の旧阿武隈川を活用した水堀・蛇頭堀越しからのお城を眺めて、
今回の日本百名城めぐりは終了した。

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